2011年5月26日木曜日

言葉の学習についての考察~ビルキランにファーマあり~



荷物検査におびえる子どもについて書くと言いながら、他に書きとめておきたいことができたので、そのことを書きたいと思います。

夏休みの宿題は自由研究から。嫌いなものは先に食べる。居酒屋行く前にサウナ。

後先考えて行動がモットーのはずなんですが、、、


こんなはずじゃなかったんだけどな。

まあいい。


先日、「パンパン!!パンプルム~ス」ことEちゃんの任地ビルキランに行ってきました。

というのもその前日にEちゃんから現職教員向けの研修をやるんだけど手伝ってほしいとの連絡を頂いたので、もちろん断る理由もないし、彼女の帰国前に行きたいと思っていたので、二つ返事で快諾しました。


で、Eちゃんのホームグラウンド、ビルキランに足を踏み入れたわけです。

ガラージュに着くやいなや、「ファーマ(Eちゃんのセネガル名)の家か?俺はファーマの友だちだ!!」というバイクタクシーの輩が群がってくる。


まず最初の洗礼を受ける。


で、軽くあしらって、会場である学校に着くとEちゃんと隣任地のMさんは準備に余念がない状態でした。


僕は研修中、写真撮影や、補助などをしておりました。





で、思ったこと。

ファーマ人気はすばらしい!

マルシェやその辺歩いてる子ども、おっさん、おばさん、みんなに好かれてる。


IDEN(教育委員会)でも人気者で、圧倒されました。



そしてもう1つ。


Eちゃんのフランス語能力(というが語学センス)は非常に高い。

本当に羨ましい限り。

発話の回数が多いからか?


すっと口から出てくるあたり本当にすごい。


文法は完ぺき。フランス語は活用が難しく、わかっていてもとっさに発言したときに、間違えることがしばしば。

でもEちゃんはそれが全くない。時制も完ぺきだし。

まあ中国語はペラペラだし、語学能力に非常に優れているんだと思う。

それに加えて、あの性格。何に対しても気後れせずに、自分のいいたいことをなんとかして伝えようとする。

現職の学校の先生を前にしても堂々と話す。


それこそが、語学のセンスなのかも。

簡単な単語で、自分の言いたいことはほぼ言えるレベル。


瞬時に頭で考えて文章を構成して発言するということに関してはピカイチ。


JICAの求めてる語学能力を完全に備えてるなーと感心してしまいました。
(理由は後述します)

でも、


それ以上を求めるのなら、やはりセネガルでは限界があるのかなーと思いました。


なぜか、


セネガルの公用語はフランス語だけど、普段はみんなウォルフ語。


だから、喜怒哀楽など感情表現に関わるフランス語をセネガルで聞いたことない。

加えて、フランス語のことわざや、独特の表現なども全然聞かない。


仕事だけフランス語だから無理もないか。


つまりそれ以上の能力を求めても、周囲のセネガル人もフランス語の細かな言い回しを使わないわけだから、こちらも最低限の語彙でなんとかやりくりできてしまう。

簡単な単語や、時制表現ばっかりで幼稚だなと思われてるかもしれないけどね。


セネガルに来る前、長野の山奥で、語学研修を2カ月うけましたが、それはまさにこういうサバイバルな語学能力を身につけることでした。

ほとんどの人がゼロから新しい言語を学ぶ。

期間は限られている。

その中で、いかに自分の言いたいことを言えるようになるか。


だから、沢山の単語をひたすら覚える時間なんてない。最低限の単語と文法で、文章を組み立て、コミュニケーションを図るということを徹底的に叩きこまれた。(少なくとも僕の語学教室の先生はそうだった)

だから、研修の授業中に新しい単語が出てきたら、分かる人が分からない人に対してなんとかして説明しろと。先生は全く口出ししてくれない。辞書も使っちゃダメ。

それでいて、人種差別、不法入国労働者、貧困などについて議論しろと言われるんだから。



おかげさまで、ボディランゲージは得意だし、人見知りなんて全くしないです。

聞いたら分かるけど、読めないし、書けないです。でも話せます。


そう考えると今日の日本の英語教育と正反対。習得する順番は全く逆だから。


また脱線しました。



さて、Eちゃんの場合にはさらに一歩先の段階に進む素地はできてると思う。

充分いい土壌が出来上がってるから、あとは種をまくだけでどんどん成長していくんだろうな。


すごいよなー


そう考えるともし母国語がフランス語だったら、今頃はペラペラだったろうな。

もしくは、学校もウォルフ語だったらそっちがペラペラか。


小さいころから二つの言語を並行して学ぶことの弊害はこういうところにあるのか。と思ってみたり。



今日のオヤスミ
♪Will
中島美嘉

2011年5月19日木曜日

荷物検査におびえる子ども ~「君たちはどう生きるか」~

タイトルバリカタですが、内容はいたって平凡、「日常のくだらないことをいかに面白くするか」がこの一年のテーマ、

kojiです。

一年ほど前、隊員のドミトリーにて。

「え、その本Rさんも読んでるんですか?僕も昔読んだことありますよ。奇遇ぅですねぇーーー。。。」

あまりにうれしい偶然だったので、平静を装うのを通り越してわざとらしさに磨きがかかってしまいました。

それもそのはず、Rさんとはサリーマターブンダオの愛称で知られる、セネガル隊員のアイドル。

最近帰ったけど、日本でも会いたいなー。


で、前回ダカール上京時に、その本を再び見つけたので、持って帰ってきて、ここ最近時間を見つけては読んでました。

その本のタイトルが「君たちはどう生きるか」

ほんとストレート。しかも岩波だし。


大学に入る前、おかんの本棚にあって、何気なく読んだからもう6年近く前。


ほとんど内容は覚えてませんでしたが、何回読んでもいい!!


人生のバイブルと言ってもいい。自分に子どもができたらこの本は絶対読ませたい。


30年近く前の本だけど、いいものはいつ読んでもいいんだと実感しました。


おかん曰く、著者の吉野さんは哲学、文学界の重鎮らしい。


少し内容に触れると、

人間は自分の行動を自分で決定する力を持つから、誤りを犯すこともあるが、そこから立ち直ることもできる、という両面性を自覚しろ

といった感じでしょうか。


社会科学的認識とはなにかということが、この本の根底に流れるテーマのようですが、「社会科学的認識をもつ」とは「大人になる」ということではないかと思った次第です。



内容もすばらしいけど、本の構成、これがまたいい。


主人公のコペル君(名前のエピソードもまたいいんだ)とその友だちとの間で起こったことを、コペル君が叔父さんに話し、叔父さんがその話に対してコペル君に手紙を書く。という流れ。


叔父さんの手紙は毎回素敵。いちいちかっこよすぎる。

手紙形式になっているから面と向かって伝えられないようなこともあっさり言える。

読者にとっては、わざとくらしいなーと思うことなく、スッと入ってくる。って思ってるのは僕だけかもしれませんが。


うだうだと書き綴ってしまいましたが、一読を勧めます。


そして、疲れたので、荷物検査のことは今度書きます。



では。


今日のオヤスミ
♪My Way
DEF TECH

2011年5月16日月曜日

帰国を意識するとき。~マジでビール飲む15分前~

ビールとグラスを冷凍庫に入れて適度に冷えるまでの間にブログを書こうと思います。

kojiです。





4月半ばから毎週土曜日の夕方は、幼稚園の最後のお祭りのダンスの練習してます。

マジョレットゥっていう女の子だけの踊り。


いつものパップが先生です。

ジャンベではなくサバ―ルというセネガルにしかない楽器での演奏。

僕はそれを叩けないので、ドラム(和太鼓みたいな感じ)で参加します。


前回は来れなかったのでだいぶ進んだのかなーと期待していたら、、、、





パップが来ない。


電話をすると、まだダカールから帰る途中だと。



今日間に合うように帰ってくると言ってたよね。



ほんと頼む。俺はいいけど、女の子やわざわざ来てくれてる先生に悪い。


しぶしぶ先生に事情を話し、水曜日にもう一度練習ということに。



情けない。



意識が低い。覚悟とまでは言わないけど、もう少し自覚を持ってほしい。


お金ももらってるんだから。


俺の言い方が足りなかったか。

二人で練習するのとはわけが違うんだから。



そして今日。



ムスタファから電話があり、彼の家に行くと、



いない。





2時に行って、来たのが4時前ぐらい。


その間チェブジェン食って彼の部屋で寝てました。


来た時にいいわけするから余計腹が立つ。








短気なのか?短気になったのか?


セネガル来たばかりの自分だったら怒ってるんじゃないかと思う。


ということは、


帰国に向けてセネガル人的気質から日本人へと戻りつつあるということだろうか。


ふふふ。




いやいやいや、そういう問題じゃない。



一回怒ったら少しは変わるのかな。


「まあこんなもんか」


で、済んじゃうのがセネガル。



どこかで妥協点を見つけないと、こっちでの生活は大変。


毎日腹立つことばっかりで、怒り狂ってゆでダコみたくなってしまう。


いいところもあるし。そこを見落とすのはもったいない。


でももっとぶつかっていっていいのかも。


言わないとわからないし。


「岩を分投げて、波紋を立てる」


でも怒るの苦手なんだよなー。



今日のオヤスミ
♪Sometimes I Rhyme Slow
Nice & Smooth

2011年5月10日火曜日

歩くすぴーかー



口が軽いことから、高校のときからこう呼ばれてます。


今、ある人たちに内緒で進めてる(つもり)ことがあるんですが、どうも僕の口は秘密にしたくないらしい。

なめらかーに言葉が口から出てくわ出てくる。


お酒飲んだら特に。

なんとかなんないかな。

ちょっと本当にまずい気がしてきた。


変われ、俺。


今日のオヤスミ
♪Brand-New Myself
Charcoal Filter

2011年4月29日金曜日

そのデカい体はそのためにあるんだっ!!うちの水道はなんのためにあるんだ??

もう夜中の12時ですが蛇口をひねっても水はちっともでません。


これを書き終わるころには出始めて欲しいという願いを込めながら書いてます。


僕の家は2階なので、断水じゃなくても水圧の関係で水が上がってきません。

みんなが使わなくなり始める時間になるまで。

で、コーランが鳴り始めてからしばらくするとまた出なくなる。

朝6時ぐらいからまた断水になります。




なので、料理も洗濯も歯磨きも基本的には溜め水を使います。


水道があるのに使い物にならないぐらいなら、井戸生活の方がよっぽどいい。

井戸で生活してる隊員の方が羨ましいです。


今までならだいたい10時ぐらいからちょろちょろしだして、11時ぐらいには普通に出てたんだけどな。




あー眠い。


最近来た新隊員とダカールのドミトリーで話をしました。

茨城出身。


ラーメン屋トークで大盛り上がり。

看板の信号が青のときしかやってない、らーめん○生

これってラーメン?甘!!って最初は思うがだんだんはまってしまう、○むしゃ


日本に帰りたくなりました。



今日のオヤスミ
♪Take me there
Black Street

2011年4月22日金曜日

楽しんだもの勝ちだが、アレンジ加え過ぎでしょ。~可能性を信じて~

そうそう、それ気になってたんだよ。

もう半年以上雨降ってないのに蛇口の水はどこからくるのか?

一年半この街に住んでます。

kojiです。



幼稚園にて。


3園を巡回しているのですが、最近は音楽の授業ばかりやってます。



何か自分の形を残しておきたいなーと思い。いろんな歌を教えてます。


形には残らないか。



しかし、セネガル人はちょー音痴。

先生であっても音階の知識はあるが、音をとることができない。

どー↑、れー↓、みー↑、ふぁー↓



うまく表現できませんがこんな感じ。

ほとんどの先生がこんな状態。

音を外しながら(自然とね)歌っているので、子どもも当然そうなる。




俺が歌った後、先生が歌うとメロディーが気持ちいほど違ってる。



今歌ったでしょ????

先生のためにピアニカで演奏してるのに。



、、なんでそんなにアレンジ加えたがるかなー



すがすがしいぐらいに音が全然違う。


しかも音を外してることにも全く気付いてない。

みんな音痴だし、気にする必要もないか。


なんか幸せだな。



でも諦めてるわけではない。


私の知り合いの先生の中にはちゃんと音を取れる人がいる。2人もね。


ダーラで会った小学生はギターもできてラップもできて歌も上手だった。
音大卒の隊員の教育の賜物か。元気かなイブライマ。


やればできる。可能性はあると思うよ。



そういえば、


中学校のとき、弱小バスケ部に所属していました。

で、当時、新しく垂れ幕を作ったのですが、

そこに書かれた言葉は、、


「可能性を信じて」でした。


いかにも!!

あきらめるなということか?
最初からすがるものが可能性ということか?

キレイな言葉だが、なんだか癪にさわるな。




revenons à nos moutons


それに見下してるわけでもない。

セネガル人は音とりにおいては苦手かもしれない。でも、リズム感は素晴らしい。

セネ音楽に限るけど。


僕はジャンベをこっちで習ってますが、リズムがくるったり、入るタイミングを間違えたりすると、



はあ、、、なんでそうなるかなー、できない意味がわからんわ。


みたいな顔をよくされる。


きっと僕たちが、なんでこんなに音痴かなーって思っているのと一緒な感覚だろな。


なので、


どっこいどっこい。


どっちもどっち。


お互いに足りないものを補いあうということか。



今日のオヤスミ
♪Let's Get It Started
Black Eyed Peas

2011年4月19日火曜日

痛いところをつかれる=かゆいところに手が届く=痛気持い

去年の僕はスープカンジャとマフェなら迷うことなくスープカンジャ。

どんなセネガル食よりも好きだったのに、二週連続であんなに好きだったスープカンジャをなんのためらいもなく切り捨てて、マフェを注文する。


「人って簡単に変わるんです」
kojiです。


同任地の幼稚園教諭の家にて、一冊の本を見つけました。

「35歳までに必ずやるべきこと」

こういうタイトルの本には目がない。日本にいるときも本屋で見つけたら立ち読みしてしまう。
で、まだ家主が読んでないけど借りました。


で、早速読んでみると、、、


「ああ、そんなこと昔思ってたなー」と、ぐさっとくることが書いてある。


嬉しさと同時に、自己嫌悪に陥りそうになりました。



「努力の習慣化」と「文章を書くこと」


わかっちゃいるけどなー。




本を読んでいて(特にエッセイ)共感できるところがあると、その本を読み終えたい衝動に駆られる。




そんな夜中3時前。



今日のオヤスミ
♪ハイウェイ
くるり