2011年6月26日日曜日

計算か?効率的なお金の使い方を目の当たりにする~見栄張るのも悪くない~

肉の食べ過ぎで、体が臭いです。kojiです。


昨日はBBQを家のベランダでしました。そして今日は幼稚園の最後のフェット。

本当につかれました。

何がって、



①牛たんを凍らせて薄切りにする作業。

②2時過ぎに寝るものの暑くて寝苦しく、寝不足の状態で、時間の読めないフェットに参加したこと。




でも、最後のフェットはなかなか良かったですよ。全く退屈しませんでした。

嬉しかったのは先生方からセネ服のプレゼントをもらったこと。

しかも先生達がフェット用にあつらえたものと同じ。


お金がないけど、フェットはしたい。

そんな見栄はりたがりなセネガル人を尻目に、じゃあやんなきゃいいじゃん!と思っていましたが、見栄張って、こんなプレゼントを保護者やお偉いさんたちも来てる前でプレゼントさせるのは悪くないなーと思ってしまいました。

ほんと単純。




そして4月から週1ペースで練習していた踊りの発表もありました。


子どもの晴れ舞台を見守る親の気分が少しわかりました。


衣装もかわいくて、おじさんは大満足。




セネガルでは昼飯(アニ)が2時とか3時。今日のフェットでは3時過ぎにお菓子が出たことから、今日はアニはないんだろうなーとふんで、春巻きやらエビチップスやらドーナツを大量に食しました。


朝から何も食べてなかったし。



そしたら、5時ごろアニが出てくるじゃないですか!!!!


完全にしてやったり。


おやつ無しで5時にアニを出せば、セネガル人はめっちゃ食うから食費がかさむし、出す時間が遅いとぶーぶーごねるかもしれない。


でも、3時にお菓子を出しておくことで、今日はアニが出ないとふんでお菓子だけ食べて帰る人が結構いました。


言うまでもなく、アニの時間までいたのは本当にそこの幼稚園にゆかりのある人たちだけ。

食べる人も少なくて済むし、食べる量も少なくて済む。非常に計算されたフェットだったと感心してしまいました。


まあどこまで考えてんのか知んないけどね。



相手を油断させておいてアニを解散のギリギリにもってくる。


予算を効率よく使う戦略勝ちですね。



勉強になりました。



疲れたので、寝ます。



今日のオヤスミ
♪Garden
Suger Soul feat. kenji

2011年6月8日水曜日

忘れてた感覚を取り戻す ~in the beauty~

オクラのことをフランス語では「le gombo」と言うらしいです。

野菜は現地語でしか呼ぶ機会がないので、新鮮な発見。

今日の夜はゴンボゴハンでした、kojiです。




先週末、カオラックのアリアンスフランセーズで能の舞台がありました。


セネガル人アーティストの演奏などはよくやってるのですが、日本の舞台はおそらく初めて。


僕も、もちろん初めて能を見ました。


幼稚な表現ではありますが、日本人男性とフランス人男性が舞を踊り、日本人女性が横笛を吹いてました。


フランス語と日本語を両方使って演じてました。


日本人がフランス語を話し、フランス人が日本語を話しているシーンはとても滑稽であり、印象的でした。



舞台の後、そのアーティストの方とお話ができたのですが、


普段はパリで講演を行っているということでした。

日本人のお二人はとても気さくで、僕たちの何回も質問されてきたであろう質問にも真摯に答えてくれました。



加えて、ちょっとした所作がとてもきれい。

姿勢から、立ちあがる動作から、ビールを飲むときの手つきまで。


変態かもしれませんが本当にお美しい。



やはりプロだなと思わずにはいられませんでした。


ここまでいろいろな苦労があったんだろうな。




もっと話がしたかった。





見聞きすること1つ1つが本当に新鮮で、忘れかけてたものを思い出させてくれました。


それは何かというと、芸術に対する感受性。




日本にいるときは、映画館や美術館によく行ってました。


もちろん1人で。


友だちも少なかったので。



東京の美術館や映画館のHPを「お気に入り」に入れていて、なにか面白い企画展や映画はないかチェックしてました。


NHKの日曜美術館はかかさず見てました。



かれこれ一年半以上セネガルにいるし、知らず知らずのうちに感性が鈍くなってる。


磨かないと衰えることを知りました。



だからこそ、この国で情操教育を普及することに意義があるのかな


と思ったり。








「常に「他流試合」をして、異質なものに触れることが人間の成長にとって必須である。」

と、大学時代、ある先生から言われました。



カートヴォネガットの本を読んでいて


「芸術では食っていけない。

だが、芸術というのは多少なりとも生きていくのを楽にしてくれる、いかにも人間らしい手段だ。

上手であれ、下手であれ、芸術活動に関われば魂が成長する。」



という文章を見つけました。



ということは、、、



異質なものに触れ、さらにそのものが芸術に関わるものであるから、


俺はふたまわり成長したということだろうか。



と都合のいい解釈をしてみる。



ねむい。



今日のオヤスミ
♪静かな日々の階段を(e.p.ver.)
Dragon Ash




2011年6月3日金曜日

恐怖は最大の動機~荷物検査におびえる子ども~ 

坊主の女の子もかわいいと思えるようになりました。
20か月ほどセネガルに住んでるといろんな変化があるもんです、


kojiです。

一昨日の夜中、早くも雨が降りました。
そう、雨季の到来です。

8か月ほど雨に飢えていた大地に再び恵みの雨。







これっぽっちも嬉しくありません。


理由1、湿気が多くなり不快度指数は乾季のそれよりも高くなる。汗かくし、セネガル人は体臭に磨きがかかる。

理由2、僕の住んでる地区は水たまりがたくさんできる。ど雨季は置き石の上を歩くはめに。足が長く、身体能力の高いセネガル人に合わせて石が置いてあるので、跳躍力が問われます。水たまりの水は茶色から黄色に近い緑色までさまざま。匂いも絶品。吐き気を催します。そんじゃそこらのアスレチックよりスリル満点。下手したら破傷風。意気込みが違います。



でも、

雨が降った直後は独特の匂いがして、去年の雨季のことを思い出してしみじみしておりました。


なーんて。



さて、「荷物検査におびえる子ども」について書きます。

うる覚えだなー。笑




そう、2週間ほど前の幼稚園にて。


図工をしているときのこと。



お絵かきをしてるとき、「先生見てみてー」と子どもたちはひっきりなしに自分の作品を見せたがる。


褒められるという経験があまりないからなのかな。


ここぞとばかりに褒めます。



そして授業が終わってクレヨンや紙を回収し片づけをしてると、


のりのキャップがない。





色を塗ることがメインで、のりをちょこっと使うだけの工作だったので、自前のスティックのりを持っていきました。


先生に聞いても

「見てない」と。




キャップ盗む子どもはさすがにいないだろうからどこかにあるだろうと、子どもを総動員して捜させます。


でも見つからない。


まあいっかー、と思ってた矢先。


先生が声を荒げて子どもを並ばせ始めました。おやつの時間でしたが関係ないといった様子。



で、1人1人カバンの中身とポケットの中身チェックが始まりました。



うそーーー!!こんなこと初めてでこっちがびっくり。


こどもはちょービビってます。今までにないくらい先生が怒ってたしね。



無事チェックをパスした子どもも、そのまま横に並ばせます。連帯責任ということか?



それでも見つからない。


もし見つかってたらその子はどんな仕打ちを受けるかしれないので、見つからなくってよかった気もしますが。


そのあとも、先生、家政婦、子どもみんなで探しました。


必死になって大きな机を動かして探してる女の子たち。

誰が最後にキャップを見たか聞き込みをしている先生。

もの置きまで探しに行ってる家政婦さん。






たかだかキャップだし、のりもあと少ししかない。


もういいじゃんと思ってしまう俺。


必死に探してるみんなを見て、本当に勉強させられました。


曲がりなりにも教育に携わってる者として、自分の思慮の足りなさに恥ずかしくなりました。




でも、どうしてそこまで頑張れるんだ?




みんなをそこまで動かしたのは、


①教材が慢性的に不足している環境


3園行ってますが、この幼稚園が飛びぬけてものがない。

クレヨンや紙はあるわけない。

小さいプラスチックの椅子に座り、大きい椅子を机にしてお絵かきする。

今年できたばかりなので、これから環境が整っていくことを期待するばかり。



②なんと言っても恐怖心

先生の怒鳴り方が半端なかった。普段は温厚で、体罰もないだけに、その効果は絶大。


子どもを統制するために、体罰を加える先生は少なからずいます。

手っ取り早く子どもを手なずけるにはそれが一番早い。


それじゃ子どもには恐怖心しか残らないし、決してそれがいいとは思いませんが。





多くの心理学者が「恐怖」こそが人間の言動を決定する、根本的な最大の動機だと考えているらしい。


結局は本能的な欲求が勝るということか。




今日のオヤスミ
♪Sunrise
Norah Jones


2011年5月26日木曜日

言葉の学習についての考察~ビルキランにファーマあり~



荷物検査におびえる子どもについて書くと言いながら、他に書きとめておきたいことができたので、そのことを書きたいと思います。

夏休みの宿題は自由研究から。嫌いなものは先に食べる。居酒屋行く前にサウナ。

後先考えて行動がモットーのはずなんですが、、、


こんなはずじゃなかったんだけどな。

まあいい。


先日、「パンパン!!パンプルム~ス」ことEちゃんの任地ビルキランに行ってきました。

というのもその前日にEちゃんから現職教員向けの研修をやるんだけど手伝ってほしいとの連絡を頂いたので、もちろん断る理由もないし、彼女の帰国前に行きたいと思っていたので、二つ返事で快諾しました。


で、Eちゃんのホームグラウンド、ビルキランに足を踏み入れたわけです。

ガラージュに着くやいなや、「ファーマ(Eちゃんのセネガル名)の家か?俺はファーマの友だちだ!!」というバイクタクシーの輩が群がってくる。


まず最初の洗礼を受ける。


で、軽くあしらって、会場である学校に着くとEちゃんと隣任地のMさんは準備に余念がない状態でした。


僕は研修中、写真撮影や、補助などをしておりました。





で、思ったこと。

ファーマ人気はすばらしい!

マルシェやその辺歩いてる子ども、おっさん、おばさん、みんなに好かれてる。


IDEN(教育委員会)でも人気者で、圧倒されました。



そしてもう1つ。


Eちゃんのフランス語能力(というが語学センス)は非常に高い。

本当に羨ましい限り。

発話の回数が多いからか?


すっと口から出てくるあたり本当にすごい。


文法は完ぺき。フランス語は活用が難しく、わかっていてもとっさに発言したときに、間違えることがしばしば。

でもEちゃんはそれが全くない。時制も完ぺきだし。

まあ中国語はペラペラだし、語学能力に非常に優れているんだと思う。

それに加えて、あの性格。何に対しても気後れせずに、自分のいいたいことをなんとかして伝えようとする。

現職の学校の先生を前にしても堂々と話す。


それこそが、語学のセンスなのかも。

簡単な単語で、自分の言いたいことはほぼ言えるレベル。


瞬時に頭で考えて文章を構成して発言するということに関してはピカイチ。


JICAの求めてる語学能力を完全に備えてるなーと感心してしまいました。
(理由は後述します)

でも、


それ以上を求めるのなら、やはりセネガルでは限界があるのかなーと思いました。


なぜか、


セネガルの公用語はフランス語だけど、普段はみんなウォルフ語。


だから、喜怒哀楽など感情表現に関わるフランス語をセネガルで聞いたことない。

加えて、フランス語のことわざや、独特の表現なども全然聞かない。


仕事だけフランス語だから無理もないか。


つまりそれ以上の能力を求めても、周囲のセネガル人もフランス語の細かな言い回しを使わないわけだから、こちらも最低限の語彙でなんとかやりくりできてしまう。

簡単な単語や、時制表現ばっかりで幼稚だなと思われてるかもしれないけどね。


セネガルに来る前、長野の山奥で、語学研修を2カ月うけましたが、それはまさにこういうサバイバルな語学能力を身につけることでした。

ほとんどの人がゼロから新しい言語を学ぶ。

期間は限られている。

その中で、いかに自分の言いたいことを言えるようになるか。


だから、沢山の単語をひたすら覚える時間なんてない。最低限の単語と文法で、文章を組み立て、コミュニケーションを図るということを徹底的に叩きこまれた。(少なくとも僕の語学教室の先生はそうだった)

だから、研修の授業中に新しい単語が出てきたら、分かる人が分からない人に対してなんとかして説明しろと。先生は全く口出ししてくれない。辞書も使っちゃダメ。

それでいて、人種差別、不法入国労働者、貧困などについて議論しろと言われるんだから。



おかげさまで、ボディランゲージは得意だし、人見知りなんて全くしないです。

聞いたら分かるけど、読めないし、書けないです。でも話せます。


そう考えると今日の日本の英語教育と正反対。習得する順番は全く逆だから。


また脱線しました。



さて、Eちゃんの場合にはさらに一歩先の段階に進む素地はできてると思う。

充分いい土壌が出来上がってるから、あとは種をまくだけでどんどん成長していくんだろうな。


すごいよなー


そう考えるともし母国語がフランス語だったら、今頃はペラペラだったろうな。

もしくは、学校もウォルフ語だったらそっちがペラペラか。


小さいころから二つの言語を並行して学ぶことの弊害はこういうところにあるのか。と思ってみたり。



今日のオヤスミ
♪Will
中島美嘉

2011年5月19日木曜日

荷物検査におびえる子ども ~「君たちはどう生きるか」~

タイトルバリカタですが、内容はいたって平凡、「日常のくだらないことをいかに面白くするか」がこの一年のテーマ、

kojiです。

一年ほど前、隊員のドミトリーにて。

「え、その本Rさんも読んでるんですか?僕も昔読んだことありますよ。奇遇ぅですねぇーーー。。。」

あまりにうれしい偶然だったので、平静を装うのを通り越してわざとらしさに磨きがかかってしまいました。

それもそのはず、Rさんとはサリーマターブンダオの愛称で知られる、セネガル隊員のアイドル。

最近帰ったけど、日本でも会いたいなー。


で、前回ダカール上京時に、その本を再び見つけたので、持って帰ってきて、ここ最近時間を見つけては読んでました。

その本のタイトルが「君たちはどう生きるか」

ほんとストレート。しかも岩波だし。


大学に入る前、おかんの本棚にあって、何気なく読んだからもう6年近く前。


ほとんど内容は覚えてませんでしたが、何回読んでもいい!!


人生のバイブルと言ってもいい。自分に子どもができたらこの本は絶対読ませたい。


30年近く前の本だけど、いいものはいつ読んでもいいんだと実感しました。


おかん曰く、著者の吉野さんは哲学、文学界の重鎮らしい。


少し内容に触れると、

人間は自分の行動を自分で決定する力を持つから、誤りを犯すこともあるが、そこから立ち直ることもできる、という両面性を自覚しろ

といった感じでしょうか。


社会科学的認識とはなにかということが、この本の根底に流れるテーマのようですが、「社会科学的認識をもつ」とは「大人になる」ということではないかと思った次第です。



内容もすばらしいけど、本の構成、これがまたいい。


主人公のコペル君(名前のエピソードもまたいいんだ)とその友だちとの間で起こったことを、コペル君が叔父さんに話し、叔父さんがその話に対してコペル君に手紙を書く。という流れ。


叔父さんの手紙は毎回素敵。いちいちかっこよすぎる。

手紙形式になっているから面と向かって伝えられないようなこともあっさり言える。

読者にとっては、わざとくらしいなーと思うことなく、スッと入ってくる。って思ってるのは僕だけかもしれませんが。


うだうだと書き綴ってしまいましたが、一読を勧めます。


そして、疲れたので、荷物検査のことは今度書きます。



では。


今日のオヤスミ
♪My Way
DEF TECH

2011年5月16日月曜日

帰国を意識するとき。~マジでビール飲む15分前~

ビールとグラスを冷凍庫に入れて適度に冷えるまでの間にブログを書こうと思います。

kojiです。





4月半ばから毎週土曜日の夕方は、幼稚園の最後のお祭りのダンスの練習してます。

マジョレットゥっていう女の子だけの踊り。


いつものパップが先生です。

ジャンベではなくサバ―ルというセネガルにしかない楽器での演奏。

僕はそれを叩けないので、ドラム(和太鼓みたいな感じ)で参加します。


前回は来れなかったのでだいぶ進んだのかなーと期待していたら、、、、





パップが来ない。


電話をすると、まだダカールから帰る途中だと。



今日間に合うように帰ってくると言ってたよね。



ほんと頼む。俺はいいけど、女の子やわざわざ来てくれてる先生に悪い。


しぶしぶ先生に事情を話し、水曜日にもう一度練習ということに。



情けない。



意識が低い。覚悟とまでは言わないけど、もう少し自覚を持ってほしい。


お金ももらってるんだから。


俺の言い方が足りなかったか。

二人で練習するのとはわけが違うんだから。



そして今日。



ムスタファから電話があり、彼の家に行くと、



いない。





2時に行って、来たのが4時前ぐらい。


その間チェブジェン食って彼の部屋で寝てました。


来た時にいいわけするから余計腹が立つ。








短気なのか?短気になったのか?


セネガル来たばかりの自分だったら怒ってるんじゃないかと思う。


ということは、


帰国に向けてセネガル人的気質から日本人へと戻りつつあるということだろうか。


ふふふ。




いやいやいや、そういう問題じゃない。



一回怒ったら少しは変わるのかな。


「まあこんなもんか」


で、済んじゃうのがセネガル。



どこかで妥協点を見つけないと、こっちでの生活は大変。


毎日腹立つことばっかりで、怒り狂ってゆでダコみたくなってしまう。


いいところもあるし。そこを見落とすのはもったいない。


でももっとぶつかっていっていいのかも。


言わないとわからないし。


「岩を分投げて、波紋を立てる」


でも怒るの苦手なんだよなー。



今日のオヤスミ
♪Sometimes I Rhyme Slow
Nice & Smooth

2011年5月10日火曜日

歩くすぴーかー



口が軽いことから、高校のときからこう呼ばれてます。


今、ある人たちに内緒で進めてる(つもり)ことがあるんですが、どうも僕の口は秘密にしたくないらしい。

なめらかーに言葉が口から出てくわ出てくる。


お酒飲んだら特に。

なんとかなんないかな。

ちょっと本当にまずい気がしてきた。


変われ、俺。


今日のオヤスミ
♪Brand-New Myself
Charcoal Filter