2011年10月28日金曜日

思ってても言えないことを素直に言う~「私のこと嫌いになったの?」~

友達の結婚式で、フォアグラを茄子と勘違いして食べました。

kojiです。


声だけで言ったら一番好きな女優、長澤まさみがヒロイン役の声優を務める、いまさら感たっぷりの「コクリコ坂から」を見に行きました。

お客さんは僕入れて3人。友人、僕、そして赤チェックの下にロンTを着こなす50ぐらいのおっさん。

そんな木曜の昼さがり。

家族に愛想つけられて、パチンコで勝ったけど、虚しくて、ふと看板みたら「コクリコ坂から」が目に入ったので、小さいころ「トトロ」を親父とみたなーなんて回想にふけってたら、見たくなってきた。

そんな感じかな?

と妄想してみたり。


茄子はおお間違いでしたが、こっちは大正解でした。


長澤まさみがサブタイトルにあるように


「私のこと嫌いになったの?」


なんて言ってるんですよ!!!

(もちろんこれ以上は発言を控えます)


目つぶってもっかい聞きたい。



昔、「さくぅ」とかすれた声で森山未來に抱きつくシーンが好きでセカチュウのDVDボックスを買いました。


それはさておき、「コクリコ坂から」、内容もよかった。

もう鳥肌ビンビン。宮崎作品はメッセージ性が強い。素直にそういう映画が大好きです。


特に今回はストレート。もののけバリに真っ直ぐ訴えかけてくる。


見てない人はぜひ!内容にも触れたいですが、なんせまだ公開中なので。

最寄の映画館は明日が終映日でしたが笑



なかなか言えないだろうと言うのはサブタイトルも叱り。

でも、もう一つあるんです。

それはつい先日、関東の友人、お世話になった人たちに挨拶に行った時のこと。




大学2~3年のとき、週4ぐらいでスケボースノボーサーフィンのお店に通ってました。

で、今回の旅行でそこの店に挨拶に行った時のこと。



くだらない話から震災の話、そしてくそ真面目な話になりました。

なんで大量の商品やサービスをこの世に生み出さなくてはならないのか、と。

そこそこの収入があれば、それでいいじゃん。

お金はあるけど、自由な時間がない。

社会に目を向けるならば、便利なモノやサービスであふれかえってるけど、物質的な豊かさと引き換えに、精神はボロボロ。

自殺者も相変わらず年間数万人。


なーんて話をしてました。

しかも、セネガルっていう全く違う世界の話を織り交ぜるもんだから、面白いってなんの。


技術移転や、開発って必要か?っていう話にもなりました。

話が尽きないので、端的に言うと、


病院を作れば、医療環境が整う、雇用が生まれる、現地の人の収入につながる。

でもそれによって時間的な拘束が生まれる。


セネガルでは、自分が健康で、家族が幸せ。この二つが満たされていればそれでよし。

極端だけど。


お金は二の次。金持ちが貧乏な人に施しを与えるのが文化であり、宗教であるから、お金がなくても食ってける。


収入が増えることと、家族と過ごす時間が減ること。


天秤にかけること自体が日本人の感覚では理解しずらいけど、きっとセネガル人は悩むと思う。




難しいなーと二人で悩んでみました。



まがりなりにも、毎年どんどん新しい商品が出るような小売業を営んでる店長の口から、「そこそこの道具があれば、横乗りスポーツ楽しめるのに」

という言葉が出たときはすごく考えさせられました。


それが、言いたかったことの一つ。


今日のオヤスミ
♪二度寝のサンバ
誰か知らないけど、NHKのクインテッド見てから頭ん中でずっとリピートしてる


2011年10月21日金曜日

帰国したけど、このままこのブログを続けようと思った理由

2か月間以上、音沙汰なくてごめんなさい。

kojiです。


「努力の習慣化」「文章を書くこと」が大切と以前このブログで書いたのにこの様。




どうしようもないですね。これからこれから。


その間に帰国して、一番搾りもしこたま飲んで、ガゼル(セネガルビール)が逆に恋しくなり始めました。

ブログ書くのやめようかなーって思ったんですが、やっぱり続けます。


っていうのは、

①いろんなとこ旅行行って、いろんな人と話すと考えさせられることがあった


②東京で友人と飲んだ時に、自分の考えをまとめて話す能力が欠けてると思った


からです。


実際なにがあったかは今度書きます。


昨日はセネガル協力隊OGと飲みました。

いい意味で全然変わってなくて(しいていうなら結婚したこと)、これから還元活動を一緒にやろうという話になりました。


明日は小学校からの友達の結婚式。

招待状はセネガルにいたから送れなかったということで、さっきもらいました。

先日東京に行った時は、嫁さんよりも先にそいつと新居に泊まりました。




今日のオヤスミ
♪二人よ
徳網正宗

2011年8月11日木曜日

ピアノリサイタルあるんだけど、行かない?ってクルクルヘアーのフランス人女性を誘ってみたかった

タイトルからとりみだしました。kojiです。




昨日は急にお腹減ってパスタを夜中に作って食べました。

案の定、朝から胸やけ。

コーヒーを胃袋に流しこんだら、深酒した次の日みたいなってます。



さて、フランス人の感受性の話の続き。


こと音楽に関してもそれは言えると思います。


僕が滞在していたモンペリエには、街の中心部に大きなコンサートホールがあって、ピアノリサイタルやら、ジャズコンサートやらやってました。

ほぼ毎日昼からやってるんですよ!しかもほとんどが無料。

かと言って素人というわけでは全然なく、若手の人だったり、お金目当てじゃない(ように見える)おじさんたちとかでした。

3回見に行きましたが、一度だけ満員だからと隣の部屋でモニター鑑賞しましたよ。

それくらいお客が入る。

言うまでもなく、鑑賞態度といったら、セネガル人のそれとは比べ物にはなりませんよ。


ホストファミリーに聞いたら、夏の間だけだと言ってました。毎日なにかしらやってるのは。

そうだとしてもすごいよ。



きっと税金で賄われてんだろな。




全然話変わりますが、フランスに行くときはパリにあるエロチズム博物館へ是非!



今日のオヤスミ
♪Hard Rock Cafe
Carole King









2011年8月7日日曜日

初めての1人海外旅行~孤独と自由、日本とセネガルのあいだ~

一カ月以上更新せず、すいません。
意外とみてる人がいるらしいですね、ありがとう!

生きてます。

タイトルにあるように、旅行に行ってました。

フランスに20日間ほど。

2週間はモンペリエという南仏の街で語学研修、残りはパリでぶらぶらと美術館と日本食屋巡り。

書きたいことは山ほどあったんですが、もうほとんど覚えてないです。


あまり写真も撮ってないし。



今回の旅で分かったこと。


1、フランス人は友だち、恋人、家族との時間を最重要視する。

語学研修中ホームステイしてたんですが、受け入れ先の家族というのが、お金と時間をもてあました老夫婦。

なんとプール付き。カラッとした風がふくなかでジュースのみながらリゾートしてました。


とにかく、よくお客さんが来る家で、ご近所さんや、娘家族に始まりいろんな人(あいまいな表現ですが)が来てました。
3日に1回はホームパーティーをしてたし。

とにかくお話好き。手料理の褒め合いに始まり、人の悪口まで、マシンガントーク。

ちゃんと僕にもわかるようにときたまゆっくり話してくれるあたりはセネガル人とは違いますが。


話し相手がいなくてこの世の終わりみたいな人にも会いました。

家から歩いて植物園に向かっていたとき、おじいちゃんに逆ヒッチハイクにあって、最初は警戒しましたが、いい人そうなので、その車に乗って話をしていると、

「奥さんは亡くなって今は1人暮らしなんだ。家に帰っても誰も俺を待ってないんだ」と。

やさしいフランス人もいるんだなーと思うと同時に、こんな老後は送りたくないなーとも思いました。

1人は孤独でもあり自由でもあるという意味で僕は大好きなんですが、年とると孤独だけが待ってるのかなーと。複雑ですね。


2、フランス人は仕事にやりがいよりも稼ぎの良さを求める。

お客さんの多い家だったのでいろんなことを話す機会には恵まれました。

いつだったか仕事の話をしたとき、

「日本人は仕事にやりがいを求めるだろ?」と。

「フランス人にとっては仕事はあくまでお金を稼ぐ手段だ」と断言してました。

確かに日本社会でフリーターや非正規雇用の人が少なからずいる理由の1つは、日本人は仕事を仕事と割り切れないからだと思う。

その一方、フランスで経験したことで典型的だなーと思ったことが。

SNCF(JRみたいなとこ)の窓口で切符を買うのに順番待ちしてるとき、帰社の時間になり、お客がたくさん待ってるにも関わらず、従業員が平気で帰る。

結局、その日の遅番の人の窓口に長蛇の列。

サービス残業なんて絶対しない。

ストが多いこともフランス人が仕事に対して妥協を一切しないことを物語ってると思う。


日本ってほんといい国ですよ。


3、フランス人は感受性がめちゃくちゃ高い。


そもそも、よりよいものを追及する好奇心が高いから、いいものを知ってる。


まずは食。

ホームステイ先では毎晩上手いものしか食べてませんでした。

前菜に始まりメイン、チーズ、デザート、カフェに終わる。

おいしいビールやワイン(特にロゼ)をしこたま飲みました。

セネガルでワインはもう飲めないね。


七面鳥、鯛のパテ、タコのカルパッチョ、イワシの酢漬け、挙げだしたらきりないです。

チーズもロックフォー、ヤギのチーズ、ブルーチーズなどなど。

食材もすごいけど、調理の仕方もオシャレ。ってか知ってる。

普通にトマトのサラダなんだけど、ドレッシングにミントが一つまみ入ってたり、

ステーキを焼くときに、匂い消しのハーブと香り付けのハーブを入れたり、

ガンバス(でかいエビ、セネガルじゃ超高級)でだしをとってソースを作ったり、

毎日がスペシャル♪



そして美。

ピカソって昔はちゃんとした写実的な絵を描いてたって知ってました?

僕は今回美術館巡りをして知りました。

あくなき美への好奇心なんですかね。


子どもたちが遠足で美術館に行き、絵画の前で学芸員(先生かも?)が説明してるとこにも遭遇しました。

子ども(小学生)は真剣に話を聞いてるし、純粋にすごいなーと思いました。

PISAの学力試験でフランスは全然いい成績を残せていないと学校の先生はブーブー言ってましたが、小さい時から本物の絵に接することができる子どもたちは本当に幸せだと思いました。


脱線しますが、僕は写実的な絵が好きなんですが、印象派の絵もいいなーと今回思いました。

3年前、フランスに大学の先生と行った時、モネの「睡蓮」を見てると音楽が聞こえてくると本気で言ってました。

またまたー。と当時は思ってましたが、あながち嘘でもないなと。

モネの絵を多く貯蔵してる美術館に行ったのですが、近くでモネの絵を見てると、筆のはしらせかた、息遣いが感じられてなんともいえない感動を受ける。

遠くから眺めてもまたいい。

俺の目も肥えたか笑




疲れました。

音楽についても書きたいし、フランス人についても書きたいことがあるので、また次回。


今日のオヤスミ
♪In Walked Bud
Toots Thielemens


2011年6月26日日曜日

計算か?効率的なお金の使い方を目の当たりにする~見栄張るのも悪くない~

肉の食べ過ぎで、体が臭いです。kojiです。


昨日はBBQを家のベランダでしました。そして今日は幼稚園の最後のフェット。

本当につかれました。

何がって、



①牛たんを凍らせて薄切りにする作業。

②2時過ぎに寝るものの暑くて寝苦しく、寝不足の状態で、時間の読めないフェットに参加したこと。




でも、最後のフェットはなかなか良かったですよ。全く退屈しませんでした。

嬉しかったのは先生方からセネ服のプレゼントをもらったこと。

しかも先生達がフェット用にあつらえたものと同じ。


お金がないけど、フェットはしたい。

そんな見栄はりたがりなセネガル人を尻目に、じゃあやんなきゃいいじゃん!と思っていましたが、見栄張って、こんなプレゼントを保護者やお偉いさんたちも来てる前でプレゼントさせるのは悪くないなーと思ってしまいました。

ほんと単純。




そして4月から週1ペースで練習していた踊りの発表もありました。


子どもの晴れ舞台を見守る親の気分が少しわかりました。


衣装もかわいくて、おじさんは大満足。




セネガルでは昼飯(アニ)が2時とか3時。今日のフェットでは3時過ぎにお菓子が出たことから、今日はアニはないんだろうなーとふんで、春巻きやらエビチップスやらドーナツを大量に食しました。


朝から何も食べてなかったし。



そしたら、5時ごろアニが出てくるじゃないですか!!!!


完全にしてやったり。


おやつ無しで5時にアニを出せば、セネガル人はめっちゃ食うから食費がかさむし、出す時間が遅いとぶーぶーごねるかもしれない。


でも、3時にお菓子を出しておくことで、今日はアニが出ないとふんでお菓子だけ食べて帰る人が結構いました。


言うまでもなく、アニの時間までいたのは本当にそこの幼稚園にゆかりのある人たちだけ。

食べる人も少なくて済むし、食べる量も少なくて済む。非常に計算されたフェットだったと感心してしまいました。


まあどこまで考えてんのか知んないけどね。



相手を油断させておいてアニを解散のギリギリにもってくる。


予算を効率よく使う戦略勝ちですね。



勉強になりました。



疲れたので、寝ます。



今日のオヤスミ
♪Garden
Suger Soul feat. kenji

2011年6月8日水曜日

忘れてた感覚を取り戻す ~in the beauty~

オクラのことをフランス語では「le gombo」と言うらしいです。

野菜は現地語でしか呼ぶ機会がないので、新鮮な発見。

今日の夜はゴンボゴハンでした、kojiです。




先週末、カオラックのアリアンスフランセーズで能の舞台がありました。


セネガル人アーティストの演奏などはよくやってるのですが、日本の舞台はおそらく初めて。


僕も、もちろん初めて能を見ました。


幼稚な表現ではありますが、日本人男性とフランス人男性が舞を踊り、日本人女性が横笛を吹いてました。


フランス語と日本語を両方使って演じてました。


日本人がフランス語を話し、フランス人が日本語を話しているシーンはとても滑稽であり、印象的でした。



舞台の後、そのアーティストの方とお話ができたのですが、


普段はパリで講演を行っているということでした。

日本人のお二人はとても気さくで、僕たちの何回も質問されてきたであろう質問にも真摯に答えてくれました。



加えて、ちょっとした所作がとてもきれい。

姿勢から、立ちあがる動作から、ビールを飲むときの手つきまで。


変態かもしれませんが本当にお美しい。



やはりプロだなと思わずにはいられませんでした。


ここまでいろいろな苦労があったんだろうな。




もっと話がしたかった。





見聞きすること1つ1つが本当に新鮮で、忘れかけてたものを思い出させてくれました。


それは何かというと、芸術に対する感受性。




日本にいるときは、映画館や美術館によく行ってました。


もちろん1人で。


友だちも少なかったので。



東京の美術館や映画館のHPを「お気に入り」に入れていて、なにか面白い企画展や映画はないかチェックしてました。


NHKの日曜美術館はかかさず見てました。



かれこれ一年半以上セネガルにいるし、知らず知らずのうちに感性が鈍くなってる。


磨かないと衰えることを知りました。



だからこそ、この国で情操教育を普及することに意義があるのかな


と思ったり。








「常に「他流試合」をして、異質なものに触れることが人間の成長にとって必須である。」

と、大学時代、ある先生から言われました。



カートヴォネガットの本を読んでいて


「芸術では食っていけない。

だが、芸術というのは多少なりとも生きていくのを楽にしてくれる、いかにも人間らしい手段だ。

上手であれ、下手であれ、芸術活動に関われば魂が成長する。」



という文章を見つけました。



ということは、、、



異質なものに触れ、さらにそのものが芸術に関わるものであるから、


俺はふたまわり成長したということだろうか。



と都合のいい解釈をしてみる。



ねむい。



今日のオヤスミ
♪静かな日々の階段を(e.p.ver.)
Dragon Ash




2011年6月3日金曜日

恐怖は最大の動機~荷物検査におびえる子ども~ 

坊主の女の子もかわいいと思えるようになりました。
20か月ほどセネガルに住んでるといろんな変化があるもんです、


kojiです。

一昨日の夜中、早くも雨が降りました。
そう、雨季の到来です。

8か月ほど雨に飢えていた大地に再び恵みの雨。







これっぽっちも嬉しくありません。


理由1、湿気が多くなり不快度指数は乾季のそれよりも高くなる。汗かくし、セネガル人は体臭に磨きがかかる。

理由2、僕の住んでる地区は水たまりがたくさんできる。ど雨季は置き石の上を歩くはめに。足が長く、身体能力の高いセネガル人に合わせて石が置いてあるので、跳躍力が問われます。水たまりの水は茶色から黄色に近い緑色までさまざま。匂いも絶品。吐き気を催します。そんじゃそこらのアスレチックよりスリル満点。下手したら破傷風。意気込みが違います。



でも、

雨が降った直後は独特の匂いがして、去年の雨季のことを思い出してしみじみしておりました。


なーんて。



さて、「荷物検査におびえる子ども」について書きます。

うる覚えだなー。笑




そう、2週間ほど前の幼稚園にて。


図工をしているときのこと。



お絵かきをしてるとき、「先生見てみてー」と子どもたちはひっきりなしに自分の作品を見せたがる。


褒められるという経験があまりないからなのかな。


ここぞとばかりに褒めます。



そして授業が終わってクレヨンや紙を回収し片づけをしてると、


のりのキャップがない。





色を塗ることがメインで、のりをちょこっと使うだけの工作だったので、自前のスティックのりを持っていきました。


先生に聞いても

「見てない」と。




キャップ盗む子どもはさすがにいないだろうからどこかにあるだろうと、子どもを総動員して捜させます。


でも見つからない。


まあいっかー、と思ってた矢先。


先生が声を荒げて子どもを並ばせ始めました。おやつの時間でしたが関係ないといった様子。



で、1人1人カバンの中身とポケットの中身チェックが始まりました。



うそーーー!!こんなこと初めてでこっちがびっくり。


こどもはちょービビってます。今までにないくらい先生が怒ってたしね。



無事チェックをパスした子どもも、そのまま横に並ばせます。連帯責任ということか?



それでも見つからない。


もし見つかってたらその子はどんな仕打ちを受けるかしれないので、見つからなくってよかった気もしますが。


そのあとも、先生、家政婦、子どもみんなで探しました。


必死になって大きな机を動かして探してる女の子たち。

誰が最後にキャップを見たか聞き込みをしている先生。

もの置きまで探しに行ってる家政婦さん。






たかだかキャップだし、のりもあと少ししかない。


もういいじゃんと思ってしまう俺。


必死に探してるみんなを見て、本当に勉強させられました。


曲がりなりにも教育に携わってる者として、自分の思慮の足りなさに恥ずかしくなりました。




でも、どうしてそこまで頑張れるんだ?




みんなをそこまで動かしたのは、


①教材が慢性的に不足している環境


3園行ってますが、この幼稚園が飛びぬけてものがない。

クレヨンや紙はあるわけない。

小さいプラスチックの椅子に座り、大きい椅子を机にしてお絵かきする。

今年できたばかりなので、これから環境が整っていくことを期待するばかり。



②なんと言っても恐怖心

先生の怒鳴り方が半端なかった。普段は温厚で、体罰もないだけに、その効果は絶大。


子どもを統制するために、体罰を加える先生は少なからずいます。

手っ取り早く子どもを手なずけるにはそれが一番早い。


それじゃ子どもには恐怖心しか残らないし、決してそれがいいとは思いませんが。





多くの心理学者が「恐怖」こそが人間の言動を決定する、根本的な最大の動機だと考えているらしい。


結局は本能的な欲求が勝るということか。




今日のオヤスミ
♪Sunrise
Norah Jones